2016年6月21日火曜日

礼拝説教要旨 心の貧しい者は幸いです

2016年 6月19日 礼拝説教要旨

心の貧しい者は幸いです 〜 マタイ5章3節 〜

1 幸いについて
 『心の貧しい者は幸いです』(マタイ5:3)『幸いです』と訳されている言葉の用法は旧約聖書に見られる『幸いなことよ』という祝福の宣言と同じです。文語訳が上手に『幸福なるかな、心の貧しき者』と訳しています。また「幸い」と訳されている言葉(マカリオス)の本来の意味は「幸せ」というよりも「祝福されている」という意味です。英訳聖書で「ハッピー」ではなく「ブレセッド」と訳されている通りです(KJVNASB)。本当の幸せは神との関係抜きには考えることができません。神に祝福されていることこそが幸せなことなのです。

2 心の貧しい者とは
 「心」と訳されている言葉は「霊・たましい」を意味する用語が使用されています。霊において貧しい者は祝福されている』(抄訳聖書)。「霊において貧しい者」とは、神の前に、自分がまったく無力な存在であるということを自覚している人のことです。自分には自分を救う力がないということ、神の助けがなければ生きることができない存在であるということを知っている人のことです。自分のうちに希望を見出すのではなく、神に希望を置く人のことです。ネイサン・ブラウンはこの箇所を心へりくだる者は幸いなり』と分かり易く訳しています。わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた心を生かすため である』(イザヤ57:15)


3 天の御国はその人たちのものだから
 霊において貧しい者はなぜ祝福されているのでしょうか?それは天の御国はその人たちのものだから』(マタイ5:3)です。天の御国とは、神の備えてくださっているすべての祝福を含む言葉です。やがて訪れる天国の約束と、信じる者に今注がれている恵みを含みます。天の御国は、「御国」「神の国」と同様の言葉で、コロサイ1:13愛する御子のご支配』とも同じ意味を持ちます(※御国=支配・統治)。しばらく祈祷会で「ヨセフの生涯」を学びました。神の御手の中(最善のご計画の中)で生きることの幸いと安心を確認する学びの時でした。神は、ご自身により頼む者を保護し、最善をもって導き、祝福してくださるお方です。神の祝福に与る人こそ、天の喜びを知る幸いな人です。