2016年3月5日土曜日

イースターメッセージ その朝、弟子たちは変わった

 イエス・キリストの復活の真実性は、それがまぎれもない事実である故に様々な角度から証言できます。最も感動的な証言は、1世紀に活躍した「イエスの弟子たちの姿」であり、今も世界に影響を与え続けている「教会の存在」です。
 
 イエスの弟子たちは命をかけて、イエスの十字架と復活の事実に基づく福音を宣教しました。11の弟子たちのほとんどが殉教の死を遂げたと言われています。私たちは彼らの大胆さに驚かされます。
 
 しかし聖書を読むとイエスの弟子たちは最初から、大胆で確信をもっていたわけではないようです。イエスが裁判で審問を受け、鞭打たれ、十字架にかけられてしまった時、弟子たちはみなイエスを捨てて逃げてしまいました。一番弟子のペテロはこっそりと後をつけましたが、逮捕されることを恐れて3度もイエスを否認してしまいます。イエスの十字架の死を前に、弟子たちは意気消沈しすべての望みを失いました。すべてが終わったかのように見えました。
 
 しかし、彼らの「イエスの弟子としての人生」は決して終わりませんでした。それどころか、十字架の死から僅かひと月半しか経たない内に、新たな働きが始まりました。教会による世界宣教の働きです。弟子たちは命をかけてイエスを述べ伝えるようになったのです。
 
 弟子たちは変わりました。主を3度否んだペテロが勇敢にイエスを宣べ伝え、復活を疑ったトマスが熱心な礼拝者となり、最初から主を信じていなかったヤコブがエルサレム教会の指導者になりました。そして(少し後のことですが)主の教会を誰よりも激しく迫害したパウロが、誰よりも多くの人たちにイエスを伝える者となりました。
 
 何があったのでしょうか?
 
 主の弟子たち(また懐疑主義者や最大の迫害者)の変化を説明できるのは「主イエスの復活の事実」しかありません。イエスが本当に復活し、そして彼らに御姿を現されたのです。彼らは嘘をついたのではありません。そのような嘘をついたところで何の得になりましょう。彼らはイエスの復活を証言した故に殺されたのです。そのような危険の中で彼らはイエスの復活を証言しました。
 
 なぜでしょうか?
 
 それは、復活がまぎれもない事実であり、彼らはその事実を証しないわけにはいかなかったのです。『ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません』(使徒4:19-20)
 
 主イエスは本当に復活されました。
 そして復活の主には人を新しく造り変える力があります。
 あなたも新しい人生に招かれています。