2016年8月22日月曜日

礼拝説教要旨 平和を造る者

2016年8月14日 礼拝説教要旨 平和を造る者

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。
マタイ 5章9節

1)平和から遠く離れて生きる人々
 「人類の歴史」は「争いの歴史」でもあります。20世紀前半には2つの世界を巻き込む戦争が勃発しました。太平洋戦争の38か月間、日本人も悲惨な戦争の日々を経験します。特に敗戦直前の広島・長崎への原子爆弾投下は癒しがたい傷跡を後世に残すことになりました(日本もまた世界に多くの傷跡と憎しみを生み出してしまいました)。日本は終戦を迎えましたが、いまも世界の様々な地域で争いが繰り広げられています。また新たな戦争の匂い、緊張感は常にあり、安全な国・地域は存在しません。『民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり』との主イエスの御言葉の通りではありませんか。(マタイ24

2)争いの根本原因
 20世紀の2つの世界大戦の時代を生きた説教者ロイドジョンズは、世界大戦が起こった理由、絶えず国際間の緊張があり、次なる戦争・危機・不安が存在する理由はたった一つであると断言しました。なぜ人は争うのか、その理由はただ一つ「人の罪」です。人の強欲・利己性・自己中心があらゆる問題と不一致の根本的な原因なのです。それは国家間の戦争に限ったことではありません。

3)平和を造る人
 主イエス・キリストこそ『平和を造る人』です。主は『平和の君』(イザヤ9:6)としてこの世界に来られ、その十字架によって平和を実現させてくださいました(イザヤ53:5、コロサイ1:20)。主イエスが築き上げてくださった平和は、第一に、神と人との平和でした。人の心に神の恵みが注がれ、満たされること、そこに平和造りの第一歩があり、根本的な解決があるからです。


4)神の子どもたちの生き方
 すべてのキリストの弟子たちに『平和を造る者』としての生き方が期待されています。それこそが『神の子ども』としての生き方だからです。平和は、自分を中心とした生き方から離れ、神が教えてくださった無条件の愛を選択しながら生きるところに築き上げられていきます。その道を生きることは容易ではありません。神がその道に生きる力を私たちに与えてくださいますように、主が祈られたように生きることができますように。『自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい』(マタイ5:44) 

例話:アウカ族にもたらされた愛

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